『ヨーロッパ美術史講義 デューラーの芸術』(越宏一、岩波書店、2012年)

 たまたま図書館で目に入り、借りてきて「メレンコリア I 」のところだけ読んでみた。

 自分用のメモとして。

 「メレンコリア I 」に描かれた女性像の周囲にあるのはすべて幾何学に関するものであり、この女性は幾何学の擬人像である。

 但し幾何学は現在よりももっと広い意味。七つの自由学芸の一つ。幾何学が基礎となるすべての技術分野を含む。画家を擬人化しようとすれば、幾何学を選べばよい。

 メランコリーは、古代以来の四体液の一つ。

 個人において、優勢な体液がその人の体質・性格を決める。

 優勢な体液、黒胆汁が穏当な範囲内に留まらないと、精神障害の原因となる。

 デューラー以前のメランコリー図像は、病理学的なタイプの人物ではなく普通のタイプの人物をあらわす。憂鬱質の人は、しばしば年配の陰鬱な守銭奴として描かれた。または、不機嫌、眠気、怠惰がメランコリーの特徴として表された。
 デューラーのメランコリーの擬人像はそれらとあまり関係がなく、別の哲学的信念に基づく。

 デューラーの少し前、フィチーノが四気質の理論を再評価し、評判の良くないメランコリーという気質に肯定的な光を与えた。すべての憂鬱症患者を特徴づける特殊な興奮性はうつ病及び精神病の原因になるが、知的科学的あるいは芸術的創造に際して、大いに刺激として作用する。憂鬱質の人だけが神的インスピレーションを捉えることができる。

 「真に卓越したすべての人々は、憂鬱症患者である――彼らの中には墨胆汁によって引き起こされる疾病に苦しむほど重症者もいる」

 すなわち、デューラーは彼自身の職業の擬人像「ゲオメトリア」を、「メランコリー」の擬人像「メレンコリア」と重ね合わせて表した。これはデューラーの「精神的自画像」である。

 彼が自分の作品において表現したかったのは、天賦の才能によって精神が破壊されるのではないかと、恐れを抱いて生きなければならぬ天才の悲劇的局面であったと思われる。

 デューラーの「メレンコリア」の人物像の二重の起源。その一つは、古典古代、ローマ美術にさかのぼる嘆きの人物像タイプ。
 第二は、北方的人物像で、隠者のように風景の中で黙想する聖人像。例えばネーデルラントの画家ヘールトヘンの絵。内省的態度。外的世界に注意を払わない視線、人物が自分の能動的活動に関わらない、ということにより、精神的な物が可視化される。

 「メレンコリア I 」の手はコンパスを持っているが作業はなされていない。周囲に道具・工具が配され、建築現場のようだが、すべての活動が停止している。

 「メレンコリア I 」は内面的分裂状態の静物画である。

ヨーロッパ美術史講義 デューラーの芸術 (岩波セミナーブックスS)
『ヨーロッパ美術史講義 デューラーの芸術』(越宏一、岩波書店、2012年)